His Story 5

◯梅田地下街店時代 1997〜1998

梅田地下街店は大阪梅田のホワイティうめだ、という大阪でも歴史ある地下街の端に位置している15坪ほどの小さな店でした。今は改装してもっと広くなり、明るい店になっていますが、私が勤務し始めた頃はどことなく暗くて古めかしい佇まいでした。

このお店は地下鉄谷町線東梅田駅に近く、御堂筋線、阪急線、阪神線、JR線に乗り換える人で常に人通りの絶えない場所にあったため、ちょっと寄ってお目当ての本や雑誌を買っていくことができるので、小さいながらもとても繁盛していた店でした。

置いてある本は雑誌を中心に、新刊・話題書がたっぷりあり、通勤客の需要に十二分に応えていたお店でした。ニッチな商品は一切なく、そのような本の問い合わせがあると、すぐ上にある本店をご案内していました。

私はここで文庫と新書の棚の担当となりました。既刊本はよっぽどのロングセラーでないと置かないので新刊ばかり並べていました。空想戦記物のノベルズがとても人気の店だったので、並べるとよく売れていたのを覚えています。

私はどうもこの「地下」という立地が得意ではないようです。元々数字が苦手なので、よく計算間違いをして店長に怒られたことも相まって、鬱々とした日々を過ごしていた記憶があります。

しかしながら、この頃から学生バイトのスタッフとは仲良くやっており、店長が帰った後の遅番勤務では、お客さんのピークが過ぎたあと、薄暗いバックヤードで、よくいろんな話をしていました。私はどんなに若かろうが、歳をとっていようが、自分の中で友達だと思えば誰ともフラットに付き合えてしまう特技があります。もちろん、日本という国に住んでいる以上、最低限の敬語やマナーはわきまえていますが、自分の中でフラットなのです。

この頃、旭屋書店は日販、トーハン、大阪屋(現在の楽天ブックネットワーク)の取次(本の問屋さん)大手3社と取引していました。このお店は大阪屋と取引していました。当時大阪屋はジュンク堂書店のメイン取次で、成長が著しかったジュンク堂書店とともに大きくなっていました。確か徳庵のあたりに新しい倉庫があって、一度行ったことがありましたが、とても活気がありました。ですが、なぜだか途中で取引が大阪屋から日販に変わりました。(帳合変更と言います)

この時期がどうか定かではありませんが、珍しく旭屋書店本部事務所で研修がありました。書店業界は今も昔も、従業員教育にあまり熱心ではありません。私の書店員としての仕事は前述の通り、取次さんや出版社の営業さんが教えてくれたものです。

当時、旭屋書店の有名だった書店員のS部長が、会社の将来か、出版業界の先行きを憂いて従業員研修をしてくれたのです。S部長は厳しい人ですが、仕事は確かな人です。私は一度も一緒に仕事する機会はありませんでしたが、もし、当時一緒に仕事をしていれば、厳しくて私はついていけなかったかもしれません。

研修でのS部長の話は、よく覚えていないものの、とても感銘を受けたのだけは覚えています。研修が終わったあと、みんなはすぐに帰って行ったのですが、私はなんだか立ち去り難く、気持ちを伝えようかどうかと迷った挙句、ホワイトボードを消すS部長の背中を見ながら研修室から出て行った記憶があります。

その後、S部長は違う書店チェーンへと転職されました。今から思うと学ぶ機会を逸したことを残念に思います。

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